相続人の中に認知症の人がいる場合、相続手続きはどう進めればよいのでしょうか。
本人の状態によっては、そのまま遺産分割協議に参加できる場合もあれば、成年後見制度などが必要になる場合もあります。
2026年には成年後見制度の改正法も成立しました。
本記事では、認知症の相続人がいる場合の手続きと、今後制度がどう変わるのかを解説します。
認知症の相続人がいても相続できる?

結論から言うと、認知症になったことを理由に相続人としての地位や相続権が失われることはありません。
ただし、遺産をどのように分けるかを話し合う「遺産分割協議」に本人が参加できるかは、認知症という診断名ではなく、その時点で必要な「意思能力」があるかによって判断します。
認知症でも意思能力があれば遺産分割協議に参加できる
意思能力とは、自分が行う法律行為の意味や結果を理解し、判断する能力です。
認知症の診断を受けていても、遺産分割協議を行う時点で必要な意思能力があれば、本人が協議に参加できます。
例えば、どのような財産があり、誰が何を取得するのか、その結果として自分がどの財産を受け取るのかといった内容を理解できるかが判断材料になります。
ただし、意思能力の有無は認知症の診断名や要介護度などだけで一律に決まるものではありません。
後から意思能力の有無が争われる可能性もあるため、判断が難しい場合は、医師の診断や診療記録なども確認しながら、弁護士などの専門家に相談して進めるとよいでしょう。
意思能力がない状態で行った遺産分割協議は無効になる
民法第3条の2では、法律行為をした時に意思能力がなかった場合、その法律行為は無効になると定められています。
そのため、本人が内容を理解できない状態のまま遺産分割協議書に署名・押印しても、有効な遺産分割協議にはなりません。
いったん手続きを進めても、後から意思能力がなかったとして協議の有効性を争われれば、遺産分割をやり直す必要が生じたり、不動産登記や預金の手続きに影響したりする可能性があります。
また、本人に意思能力がないからといって、家族が当然に本人を代理できるわけではありません。
正当な代理権がない家族が本人名義で署名・押印したり、本人を除く相続人だけで遺産分割を決めたりすることはできません。
意思能力がない場合はどうやって相続手続きを進める?

それでは本人に意思能力がなく、遺産分割の内容を理解して判断することが難しい場合はどうすればよいのでしょうか。
本人に意思能力がなく、遺産分割協議が必要な場合は、成年後見制度などを利用し、本人に代わって手続きをする人を決める必要があります。
まずは、2026年9月時点で利用できる現在の制度を見ていきましょう。
成年後見人等を選任して遺産分割を行う
本人が自分で判断することが難しい状態の場合は、家庭裁判所に申し立てて「成年後見人」などを選んでもらいます。
成年後見人は、認知症などで判断が難しい本人に代わり、財産管理や契約などを行う人です。
遺産分割協議でも、本人に代わって話し合いに参加できます。
配偶者や親族を成年後見人の候補者として希望することはできますが、最終的に誰が成年後見人になるかは、家庭裁判所が本人の状況などを踏まえて決定します。
また、本人の判断能力の程度によっては、「保佐」や「補助」を利用する場合もあります。
後見・保佐・補助のどの制度を利用するかは、本人の判断能力の程度に応じて決まります。
判断能力をほとんど失っている場合は「後見」、著しく低下している場合は「保佐」、ある程度は自分で判断できるものの支援が必要な場合は「補助」が検討されます。
ただし、保佐人や補助人は、選ばれただけで本人に代わって遺産分割ができるわけではありません。
本人の代わりに遺産分割の話し合いをして合意するには、家庭裁判所からそのための権限を与えてもらう必要があります。
成年後見人は、本人の利益を守るために行動する必要があります。
そのため、他の相続人に有利になるように、本人の取り分を不当に減らすなどの行為はできません。
後見人も相続人の場合は特別代理人等が必要になることがある
成年後見人自身も同じ相続の相続人になっている場合は、注意が必要です。
例えば、母親が認知症で、その成年後見人である長男も父親の相続人であるケースです。
この場合、長男は「自分がいくら相続するか」と「母親にいくら相続させるか」の両方に関わることになり、本人との利益がぶつかる可能性があります。
これを「利益相反」といいます。
利益相反になる場合は、原則として家庭裁判所に「特別代理人」を選んでもらい、その人が本人に代わって遺産分割協議を行います。
保佐や補助の場合も、遺産分割の代理権を持つ保佐人・補助人と本人の利益がぶつかるときは、その人がそのまま本人を代理することはできず、別の人が本人を代理するなどの対応が必要です。
また、現行の成年後見制度では、遺産分割が終わっても成年後見人の役目は終わりません。
原則として、その後も成年後見人が本人の財産管理や契約などを続けます。
つまり、「今回の遺産分割だけ手伝ってもらいたい」と思って申し立てても、相続手続きが終わった後も後見は続きます。
後見人を家族の都合だけで自由に交代することもできません。
こうした使いにくさを見直すため、2026年には成年後見制度を大きく変更する法律が成立しました。
次に、改正によって何が変わるのかを見ていきましょう。
2026年の成年後見制度改正で何が変わる?

2026年6月に成年後見制度を見直す法律が成立し、6月24日に公布されました。
2026年9月現在、具体的な施行日はまだ決まっていません。
成年後見制度の見直しは、公布の日から2年6か月以内の政令で定める日に施行されるため、遅くとも2028年12月までには施行されることになります。
それまでは、現在の制度が適用されます。
では、改正後は何が変わるのでしょうか。
必要な支援だけを受け、不要になれば終了できるようになる
現在の成年後見制度では、本人の判断能力の程度によって「後見・保佐・補助」のどれを利用するかが決まります。
改正後は「後見」と「保佐」が廃止され、「補助」に一本化されます。
そのうえで、本人の判断能力だけではなく、「何を手伝ってもらう必要があるのか」に応じて、補助人に与える権限を決める仕組みになります。
例えば、認知症の相続人について遺産分割だけ本人に代わって進めてもらう必要がある場合は、その手続きに必要な代理権を補助人に与えることができます。
さらに、遺産分割が終わってその支援が必要なくなれば、家庭裁判所の判断によって権限を取り消し、必要な支援がすべてなくなれば補助を終了できるようになります。
現行制度のように、「遺産分割のために後見を始めたら、相続が終わった後も後見が続いてしまう」問題を解消しやすくなるのが大きな変更点です。
認知症の相続人がいる場合の注意点

認知症の相続人がいる場合は、遺産分割以外の相続手続きや相続税の申告にも注意が必要です。
遺産分割が終わらなくても相続税の申告・納付は期限内に必要
相続人に認知症の人がいて遺産分割に時間がかかっても、遺産分割が終わるまで相続税の申告を待てるわけではありません。
相続税の申告・納付期限は、通常、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です。
期限までに遺産分割が終わらない場合は、法定相続分などに従って取得したものとして、いったん相続税を申告・納付します。
この時点では、未分割の財産について「配偶者の税額軽減」や「小規模宅地等の特例」などの特例を原則として利用できません。
ただし、申告時に「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出し、原則として申告期限から3年以内に遺産分割をしたうえで、それぞれの特例の要件を満たせば、後からこれらの特例を適用できます。
その結果、当初より相続税が少なくなれば、更正の請求によって納め過ぎた税金の還付を受けることができます。
つまり、最終的には特例を使える場合でも、いったん多めの相続税を用意しなければならないことがあります。
認知症の相続人がいる場合は、後見手続きと並行して相続税の申告準備も進めておくことが大切です。
遺産分割以外の相続手続きにも影響する
認知症による影響は、遺産分割協議だけではありません。
例えば、相続放棄、不動産の名義変更、預金の払戻しなどでも、本人に十分な判断能力がなければ、本人に代わって手続きできる人が必要になることがあります。
特に相続放棄には原則3か月の期限があるため、相続放棄を検討している場合は早めに対応しましょう。
認知症の相続人がいる場合は、遺産分割だけでなく、相続手続き全体にどのような影響があるのかを確認しておくことが大切です。
相続開始前にできる認知症対策

相続が始まる前であれば、認知症の相続人がいても手続きが複雑になりにくいよう、あらかじめ準備しておくことができます。
特に、遺産分割協議をしなくても財産を引き継げるようにしておくことが重要です。
遺言書を作成する
有効な遺言書で、誰にどの財産を相続させるのかを具体的に決めておけば、原則として、その財産について遺産分割協議をする必要はありません。
そのため、相続人の一人が認知症になり、遺産分割協議に参加することが難しくなった場合でも、相続手続きを進めやすくなります。
あわせて、遺言の内容に沿って手続きを進める「遺言執行者」を指定しておくと、相続手続きをよりスムーズに進めやすくなります。
任意後見を検討する
将来相続人になる人自身が認知症になることに備えるなら、判断能力があるうちに任意後見契約を結ぶ方法もあります。
任意後見では、将来判断能力が低下したときに、誰にどのような手続きを任せるのかをあらかじめ決めておけます。
将来の遺産分割を任せたい場合は、そのための代理権を契約に定めておく必要があります。
家族信託で財産の管理・承継方法を決めておく
家族信託を利用すると、判断能力があるうちに、自分の財産を誰に管理してもらうか、将来誰に引き継ぐかを決めておくことができます。
例えば、信託した不動産について、本人が認知症になった後も家族に管理してもらい、本人が亡くなった後の承継先まであらかじめ決めておくといった使い方があります。
信託した財産について遺産分割協議が必要になる場面を減らせるため、認知症に備える方法の一つです。
ただし、家族信託の対象になるのは、原則として信託した財産だけです。遺言書などと組み合わせて、財産全体の承継方法を考えておくとよいでしょう。
まとめ:認知症の相続人がいる場合は早めに税理士へ相談しよう
認知症の相続人がいる場合は、本人の意思能力に応じて成年後見制度などの対応が必要になることがあります。
2026年に成年後見制度の改正法は成立しましたが、2026年9月現在はまだ施行されていません。当面は現行制度に沿って手続きを進める必要があります。
遺産分割に時間がかかっても、相続税の申告・納付期限が一律に延びるわけではありません。
相続税が発生する可能性がある場合や、申告期限までに遺産分割が終わるか不安な場合は、早めに相続に詳しい税理士へ相談しましょう。
必要に応じて弁護士や司法書士とも連携しながら、相続手続きと申告を並行して進められます。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の判断については、専門家にご相談ください。


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